「あのくも、恐竜みたい!」
親子の会話が聞こえてきて、ふと空に目をやった。
(ほんとだ、恐竜に見える。。。)
子どものころ、雲のかたちを眺めて「これ、○○に見えるね」「あっちは△△だね」と家族に話していた記憶が蘇る。どれも正解で、どれも間違いじゃない。その自由さが楽しい。
通勤途中やふとした散歩中、ベランダから見える空。

見上げた瞬間なんでもない空でも、「あ、これ撮っておこう」と指が反応してしまう。
青空も夕焼けも、雲のかたちも、その日によって全然違う。
空の写真をよく撮るのは、今もあの頃の感覚が続いているのかもしれない。
家族や友人からも
「見て、綺麗じゃない?」「何に見える?」って、ぽんっと送られてくる空の写真。
夕日だったり、もこもこの雲だったり、街の隙間からのぞく青だったり。
写真にそれぞれの“その人らしさ”が滲んでいて、なんだか楽しくなる。
一方で、
「…あ、撮るの忘れた。まぁ、いっか。」
カフェでスイーツが出てきて「わ〜可愛い!」って思った次の瞬間には、フォークが動いている。
食べ終わる直前に誰も撮っていなかったことに気付くのも、セットでついてくる恒例行事。写真はないけれど、 “美味しかった記憶”は不思議とちゃんと残っているもの。
スイーツは撮り忘れても、空はつい撮ってしまう。
感覚的に「残しておきたい」がそちらへ傾くらしい。
…とはいえ、「空ばっかり撮る人」にならないように、次こそスイーツにもレンズを向けて記録に残そうとは思う。たぶん。知らんけど。

